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2015.01.08 Thursday

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    2015.02.16 Monday

    レンガ積み職人が遺した建造物 〜 千葉県編()  利根川が潤した大地からの恵みを生かして続けてきた酒蔵の煙突(香取市)

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      雄大な流れを見せる利根川、そして利根川が潤した北総大地。

      その中心地、水郷佐原は一大穀倉地帯として米作や穀類を生産し、それらを原料に味噌、醤油、日本酒を加工する醸造業も発達しました。


      Dsc_0459   (市内を流れる小野川が水路となり、舟運が発達し岸の両側には商家が建ち並び活気のある街が形成されて行きました)


      佐 原はまた、江戸との物流の中継地としても栄え幕府直轄地となり、1855年に記された『利根川図志』に「佐原は下利根附第一繁昌の地なり、村の中程に川有 りて、新宿 本宿の間に橋を架す、米穀諸荷物の揚さげ、旅人の船、川口より此所まで、先をあらそい、両岸の狭きをうらみ、誠に水陸往来の群集、昼夜止む時なし」と、その賑わいを書いています。


      Dsc_0456   (正面の建物は2度建て替えられ新しくなっていますが、基本的な店構えは踏襲されかつての面影を残しているといいます)

                          

      蔵造りなど重要伝統的建造物群が建ち並ぶ香取市佐原イの通りに赤レンガの煙突が見えます。

      ところどころで建物に遮られて見えなくなりますが、見当を付けて辿ると馬場本店酒造の酒蔵に着きます。

      同社は江戸前期に初代善兵衛が大和国(奈良県)の馬場村から出て、佐原で麹屋を開いたのが始まりで、5代目となった天保13(1842)年に酒造りを始めたといいます。


                                                                     Dsc_0440                                            
      当時、原料の米が豊富で良質の水が得られたことから、佐原の街に30軒に及ぶ酒蔵が軒を並べていたといいます。


      良質の水というのは、酒の味に影響を与えない鉄分の少ない地下水のことで佐原の街では浅く掘っても水は湧き出たそうです。

      江戸後期に味醂、明治になって醤油の醸造も初め醸造の技に幅を持たせたといいます。



                Dsc_0450


      現在は旧来の伝統だった出稼ぎ当時による酒造りをやめ、自社杜氏と職人による伝統的な製法にこだわり納得できる酒造り、味醂造りを行っているということです。

      科学的なデータも駆使しながら「雑味のないきれいな味」を目指して手間暇かけての酒造りに切り替えたそうです。
       

                Dsc_0452


      例えば麹の段階では「大吟醸の場合は発酵が進み過ぎないように、夜中も3時間おきに手入れをする」といいます。

      また醪(もろみ)の段階では、温度やアルコール度数、酸度などを毎日計測し、水を加えたり櫂(かい=木製の棒)でかき混ぜたりして微調整するといいます。

      そして、味の感覚が研ぎ澄まされている朝に毎日味見をして、搾り時と判断すれば成分が変わらないうちに一気に作業に入るといいます。


       

                Dsc_0454


       

      高く聳えるレンガ造の煙突ですが、かつては今よりもかなり高かったそうです。

      現在は使用していませんが、煙突は機関蔵に繋いで設置されていました。石炭を焚き、蒸気を作っていました。

                

      Dsc_0443                     (明治時代の馬場本店酒造の店蔵風景)


      機関蔵は慶応2年に建造されました。平成23(2011)年に東日本大震災で被害を受けたことを機に修理していますが、柱や梁などの躯体はそのままです。

       

      Dsc_0448    (敷地内に昔の酒造りに使っていた道具などが展示されています。上は木樽などに押印する時に使用された焼印)


      機関蔵の他に酒造りのための蔵や米蔵、蔵人たちの休憩所などその多くの骨組みの太い木造建築が残っています。


       

      2015.01.08 Thursday

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