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2015.01.08 Thursday

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    2014.11.13 Thursday

    鏝絵細工を探す旅 〜 観音堂の大棟にある馬を描いた漆喰細工(千葉県野田市)

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      野田市上花輪に江戸時代、当時の上花輪村の名主で醤油醸造を家業としていた高梨兵左衛門の屋敷と庭園を改修して醤油造りや当時の生活文化に関する資料を展示している上花輪歴史
      という博物館があります。

      その隣地に観音堂があります。


      Dsc_0661


      これまで「勘地入用覚帳」の記録から宝暦4(1754)年に建立されたものとされてきました。


      しかし、平成5(1993)年に堂の屋根改修を行った時に棟札が見つかり、それに宝暦3年建立と書かれていました。このことから、建立されたのは記録として1年早まることになりました。

      また、観音堂前の路上は上花輪村の高札場があったことが分かっています。


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      観音堂の大棟下に、馬を描いた漆喰細工を見ることができます。左右の端に雲を、中央に寺紋を配し、その間に馬を描いています。


      馬は2頭描かれ、うち一頭は走り、もう一頭は走って来る馬を振り返るような仕草をしています。


      ここの観音堂にどうして馬の鏝絵があるのか、由来などは分かりません。そもそも馬の鏝絵があることすら知られていないようです。



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      千葉市稲毛区長沼町に元観音堂という社があり、馬頭観音を祀り大小さまざまな石絵馬が奉納されています。


       

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      3代将軍家光が元服して間もなくの元和6(1620)年、東金(とうがね)へ鷹狩に行く途中で愛馬が傷ついて死んでしまいます。家光はこれを悲しみ元観音堂に屍を手あつく葬ったといいます。

      その後、これを聞いた近郷の人々から境内にたくさんの石絵馬が奉納されるようになったといいます。現在でも百数十枚が残っています。


              Dsc_0673


      下総地方、観音堂、馬といえば、こうした話が連想されますが、野田・上花輪の観音堂と元観音堂の関連も分かりません。


      観音堂の先に片側だけですがケヤキ並木が続き、ホッとさせてくれます。ケヤキ並木はそれぞれの季節に美しい姿を見せ、和ませてくれます。



      2015.01.08 Thursday

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