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2015.01.08 Thursday

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    2014.11.16 Sunday

    鏝絵細工を探す旅 〜 猿田彦社に奉納された繊細緻密な中国版武者絵(群馬県渋川市)

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      群馬県渋川市石原の25号線沿いに猿田彦神社の参道入口があります。


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      境内は右手に神楽殿があり、正面に鳥居と妻入りの拝殿が建立されています。


      特筆すべきは本殿で、正方形の社殿の白壁に精緻な漆喰細工があることです。



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      前回書いた富岡市の成田山不動堂では、いたずらによる損壊も目立って来ていることから保存、防備の必要性を訴えましたが、こちらの鏝絵はしっかりとした防御のネットが施されています。


      ただここまでされると本来の漆喰細工の細かい部分が見えません。



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      鏝絵は白壁三面に施され、いずれも上部に鯉が泳ぎ下半部に甲冑を身に着けた武士が馬に乗り、相方の兵たちを威嚇しているように見えます。

      衣装などからして古代中国が舞台のようです。



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      御祭神は猿田彦大神で、かつては養蚕の神様を祀った社として知られましたが、由緒の案内はなく、創建時期や沿革は不明です。


      ですから、この鏝絵の製作年代も分からないのですが、古いものであることは間違いありません。



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      以前、同じ群馬県内で高崎市諏訪社の「竹林の七賢人」の鏝絵を載せたことがあります。


      繊細緻密な制作技術からすれば、これに劣らぬ腕をもった鏝絵師が描いています。



      Dsc_0116


      地元では「お庚申さま」と呼ばれているように、かつてはこの社は北毛地区の庚申講の一大拠点だったといいます。


      庚申講(庚申待ち)の夜は、夜通し眠らないで天帝や猿田彦、青面金剛を祀り、勤行をしたり宴会をしたりする風習がありました。



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      それは人間の体内に三尸(さんし)の虫がいて、干支(えと)の庚申(かのえさる)の夜に人間が眠っている隙に体から抜け出して、天帝にその人間の悪事を報告しに行きその結果、天帝の怒りをかって人は早死すると信じられていたことから、それを避けるために寝ないで語り明かしたのです。



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      天帝の怒りから守ってくれるのが仏教では青面金剛(しょうめんこんごう)、神道では猿田彦大神とされています。



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      記紀によると、猿田彦大神は天孫降臨に際し、天の八街(あめのやちまた)に待っていて天照大神(あまてらすおおみかみ)の命を受けて瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が豊葦原の国を治めるよう申しつけられた際に道案内役を務めた神様です。



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      背は高く鼻も高く、眼は八咫鏡(やたのかがみ)のように照り輝いていたといわれます。

      後に天鈿女命(あめのうずめのみこと)と結婚し伊勢の国の五十鈴川の上流の地で農耕生活に入り、日本の国を豊かにしたといわれ、これらのことから交通安全や農耕の神として祀られています。


      猿田彦大神については、伊豆の長八が東京・品川の寄木神社に奉納した漆喰細工があり、以前これについて紹介しました。こちらも併せてご覧ください



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      庚申塔の建立が広く行われるようになるのは、江戸時代初期の寛永期以降といわれます。


      初めの頃は青面金剛や三猿像のほか、阿弥陀、地蔵など主尊が定まっていなかったようですが、 徐々に青面金剛像が主尊となります。



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      江戸中期から後期にかけて「庚申塔」あるいは「庚申」と文字のみ彫るようになっています。



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      明治になって政府は庚申信仰を迷信として街道筋に置かれたものの撤去を進めました。


      さらに戦後の高度成長期に物資輸送の便のため道路の拡幅工事により庚申塔の多くが撤去や移転されることになります。



      Dsc_0142


      地方の道を歩くと、今でも道路脇に庚申塔を見ることができます。


      もともと交通量の少ない場所に置かれていたため開発による破壊から免れたものといえます。



      2015.01.08 Thursday

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