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2015.01.08 Thursday

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    2014.12.17 Wednesday

    鬼師が遺した飾り瓦   狐ではなく大黒と恵比寿が飾られていた稲荷社の屋根(神奈川県横須賀市)

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      今年の3月、この地域に遺る鏝絵を見るために横須賀市浦賀の各地を巡りました。


      Img_2147


      その際、東浦賀の東耀(とうよう)稲荷社のそう大きくはない本殿の屋根に大黒天と恵比寿の飾り瓦がありました。


      Img_2146


      稲荷社に祭神の狐ではなく、大黒と恵比寿というのも面白い組み合わせです。それにしても実に溢れんばかりの笑顔で、見ている側の顔もほころんで来ます。


      Img_2138

      神社前に、東耀稲荷、須賀神社と書かれた道標があり、鳥居に東耀稲荷大明神の扁額が、狭い参詣路の階段を上った本殿に須賀神社の扁額が掛かっています。

      これは天明2(1782)年に創建された須賀神社の地に、隣の東耀山顕正寺内にあった稲荷社が合祀されるようになったことに由来すると言います。


      Img_2144


      東耀稲荷社の正面の大棟に、かつて鳳凰を描いた鏝絵があったそうですが傷みを修復できる職人がいなかったため、白漆喰が上塗りされて見ることができなくなっています。


      Img_2140


      しかし、格(ごう)天井や欄間などに見事な彫刻があり楽しませてくれます。


      江戸時代、近海で水揚げした鰯を肥料用の干鰯に加工し、関西方面に送り出す干鰯問屋が隆盛し幕府の公認を得るまでになり、全国の干鰯商いを独占するほどになります。


      Img_2142


      浦賀は干鰯問屋や廻船問屋が軒を連ねる港町として栄えます。

      格天井や欄間の豪華な木彫はその栄華を偲ばせる名残りといえるかもしれません。



      2015.01.08 Thursday

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