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2015.01.08 Thursday

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    2012.06.21 Thursday

    信州の鏝絵に見る左官職人の技   旧造り酒屋の猩々(青木村)

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      瓦鍾馗があるとの情報を得て青木村へ向かいました。現地に着くと鍾馗さんと並ぶように白漆喰の蔵の妻に鏝絵があるではありませんか。夢中になって写していると、長屋門からこちらのご主人が顔をだしました。


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      挨拶もそこそこに、鏝絵に描かれているものは何かを尋ねると、酒を好物とする中国の伝説上の動物で猩々(しょうじよう)だといいます。


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      そして、今は酒店をやっているが元は造り酒屋で、鏝絵も酒にちなんで猩々を描いたのだといいます。詳しくはおばあちゃんが知っているということで紹介してくれました。


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      酒店の店番をしているおばあちゃんはかくしゃくとしていて、とても96歳には見えません。 客さばきも手際が良く、話もおもしろく記憶力も確かです。


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      そのおばあちゃんの話では、江戸末期から代々、造り酒屋だったそうです。しかし、太平洋戦争が始まってまもなくの昭和17(1942)年、原料の米を軍へ供出しなければならなくなり、村役場を通して造り酒屋廃業を促すお達しがあったそうです。


      村には小さな酒蔵が数軒あったそうですが、こちらは初代村長の家柄、お上(大本営)に逆らえず廃業に追い込まれたということです。


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      酒造りのための機械や道具類は、軍機の燃料が必要とのことで松根油を採油するために使用され辛い風景だったといいます。


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      店の奥に大正4(1915)年に描かれた絵が額装されて飾られています。そのなかに、鍾馗さんも猩々も描かれているのが確認できます。


      ですから、少なくもこのころにはすでにこちらの蔵にあったものということになります。


      1世紀を通して、辛かった思いと歴史を猩々の鏝絵は見てきたわけです。




       


      2015.01.08 Thursday

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